【知的財産】第2回(3回連載) 農業分野の知的財産の課題と対応~ちまたにあふれる誤解と混乱を解く~

  GAPの取組みは、一言で説明できないほど多くの取組みが入っています。そこで、GAP・ITサポートでは2024年より各分野の専門家の方々とコラボして、コラム連載と無料セミナーを企画することにいたしました。第1回の企画は「知的財産」です。「GAPだけでは勝てない?!農産物の知的財産活用について~全国の事例を中心に~」と題して、山口大学准教授の陣内秀樹様に、3回の連載コラムと2024年3月に無料セミナーを企画しています。


執筆者・講師:陳内 秀樹
山口大学 知的財産センター 准教授
農業分野における知的財産活用と技術経営(MOT)の取り入れを促進し、イノベーション創出に繋げたいと考えています。
農業分野で活躍する起業家の方や、全国で知的財産教育に取り組む先生方との出会いが励みになっています。
【主な著書】
『農業高校等生徒向けGAPテキスト』(文科省委託事業、共著)
『農業高校等生徒向けHACCPテキスト』(文科省委託事業、共著)
『次世代の人たちに読んで欲しい 農業分野の知的財産保護・活用のためのテキスト』(公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会(JATAFF)、農水省補助事業、共著)など

はじめに

 第1回は、「夕張メロン」と「いちご」を例に農業と知的財産の関わりを紹介しました。続く第2回は、「~ちまたにあふれる誤解と混乱を解く~」という副題で、農業分野の知財に関するよくある誤解を整理していきたいと思います。

1 「これまでのように栽培できなくなる?!農家が困る?!」(登録品種の自家増殖) 

 「種苗法」の改正(令和2年)で「農家の自家増殖について育成者権が及ばない」とする条文(旧21条2項)が削除されたました。分かりやすく言うと、法改正以前は、農家は、一旦、種苗を購入したら、その種苗から収穫物を得るだけでなく、そこから採種したり、株分けで苗を増やすことを自由に行うことができたのです(別途契約がある場合を除く)が、種苗を増殖するという行為については、育成者の許諾が必要になったということです。芸能人等のインフルエンサーが「農家が困る」と投稿し、と一時期騒がれたことがあります。当時は、それはそれはこの界隈は賑やかでした。今ではある程度、理解が広がり冷静に話しができるようになっていますが…。
 では、皆さんの理解度チェックです。次の5つのケースのうち種苗法により違反となる行為はどれでしょう?

 Q1 次のうち種苗法により違反となる行為はどれ?
 ①農家が在来種の種苗を増殖する       例:聖護院大根、下仁田ネギ
 ②農家が一般品種(品種登録のない)を増殖する 例:ふじ、コシヒカリ、桃太郎トマト
 ③農家が過去の登録品種(登録期限切れ)を増殖する 例:きらら397、紅秀峰
 ④農家が登録品種の種苗を育成者権者に許諾を得て増殖する
 ⑤家庭菜園で種苗を増殖する(業としてでない=種苗も収穫物も販売しない。)

 少し意地悪な問題でしたが、いかがでしたか?
 実は違反となるものは一つもありません。種苗を購入して栽培している農家や、自ら在来種の種取りをしている農家、家庭菜園を楽しんでいる一般の方にとって、これまでどおりのやり方で問題が発生することはないのです。
 では、どういうケースが育成者権の侵害になるかと言えば、④の行為を無断で行うとき、すなわち

 「農家が登録品種の種苗を育成者権者に無断で増殖する行為」

 が、侵害行為にあたります。 サツマイモの「芋づる」や「イチゴ苗」など一部の作物の場合は、農家が苗から収穫物を得るだけでなく種苗の増殖を行うことが一般的です。これらの種苗の増殖に育成者権者の許諾が必要なのです。これら「芋づる」や「イチゴ苗」などの増殖が容易な作物は、誰が育成者権者(品種改良を行った人)かと言えば、農研機構や公設試など公的機関であることが多く[1]、農家が行う許諾を得る手続は、産地(出荷組合)毎で行ったり、手続も簡便なものになっており農家の負担は軽減されています。


[1] 登録例 
・安納紅(品種登録6862号) 育成者権者 鹿児島県
・べにまさり(品種登録12964号)育成者権者 農研機構

2 多くの人が誤解している種苗法上の「種苗」とは?

 前項で、登録品種の種苗を品種を育成した人(育成者権者)に無断で増殖することが問題であることが分かりました。では発展問題として次のケースを考えてみましょう。

 Q2 次の行為は育成者権侵害?
 登録品種の「柿の木」の枝を、柿の木に接ぎ木する目的で、育成者権者の許諾なく持ち帰った。なお得られる柿の実を販売する予定である。

 この問題の論点は、「枝」=種苗であるかということです。皆さんはどう考えますか?
種でもないし、苗でもないから、種苗ではないと考えることもできるでしょう。しかし、種苗法上は、枝も繁殖の用に供するならば種苗となります(種苗法2条3項)。

 よって、Q2のケースは残念ながら侵害です。では、さらにひねってみます。次の問題はいかがでしょうか?

 Q3 次の行為は育成者権侵害?
 農家aが、登録品種の芋づるを整枝作業で捨てた。これを農家aの了解の元、農家bが拾って、自分の畑に植えつけた。

 これは一見、了解(許諾)を得られたので良いのではないかと思わせられます。
 しかしちょっと考えてみましょう。農家a=育成者権を持っている人なのでしょうか? 確かにその場合もないとは言えませんが、多くの場合、育成者権者は別の人です。先に触れたとおり、サツマイモの場合、多くは公設試や農研機構です(企業や個人の場合も一部あります)。農家aは、もともとの芋づるの購入によって、その品種から収穫物を得る行為について育成者権者からライセンスを得ています。それを種苗として譲渡(無償、有償問わず)するなら、そのような品種の利用行為(ここでは譲渡)をしてよいか許諾が必要となります。なんて面倒な!と思った方もいるかもしれませんが、あくまで原則はそうなっています。(産地育成のために、出荷組合内でのこのような登録品種を融通しあうことは、購入時の種苗の譲渡契約の中で、許諾不要な行為として謳っているケースもあると聞きます)

3 まとめに代えて

 皆さま、お疲れさまでした。これまでの3つの練習問題を経て、
 「登録品種と一般品種の違い」
 「自家増殖」
 「種苗」
 「農家と育成者権者の違い」
という、この法律で最もつまづきやすい言葉の意味を掴んでいただけたと思います。

 なぜ前述のような法改正がなされたのかと言えば、海外に品種が流出し、そこで産地形成され、さらには輸出もされているという状況が背景にあります。ニュース等でシャインマスカットやブランドイチゴの種苗の海外流出の事件を目にすることがあることと思います。これに対応するという意味を持っています。
 本来、我が国農家や産地が掴むことができたビジネスチャンスが品種の流出で失われているという意味では、この度の種苗法改正で育成者権の保護を強めることは農家や産地の応援になるわけです。
 この記事を読んでいただいた皆さんは、これから先、圃場の隅に捨てている整枝で出た登録品種の枝を、研修や見学に来た外国の人が持ち帰ろうとしているのを見かけたら、「それは育成者権侵害になるのでダメです」と自信を持って言えますね。
 こうした行為が、JGAPの管理点2.8「知的財産の管理」の「(1)登録品種など他人の知的財産を侵害しない」ことの具体例と言えるでしょう。

管理点 2.8 必須 知的財産の管理
知的財産を保護・活用するために、以下に取り組んでいる。
(1) 登録品種など他人の知的財産を侵害しないこと
(2) 自分の知的財産である開発した技術・品種、商標等がある場合、それらの活用(権利化、秘匿、公開)

JGAP 農場用 管理点と適合基準 2022

第2回もお読みいただきありがとうございました。
次回最終回は、管理点2.8「知的財産の管理」(2)知的財産の活用(権利化、秘匿、公開)の具体例を紹介します。ここからがいよいよ本題。知財を活かして、より儲けましょう!という話しです。最後まで何卒お付き合いください。


今後のコラム連載の予定

    第1回(2024年1月29日):農業分野の知的財産の基礎~関連法と事例~

<今回>第2回(2024年3月20日):農業分野の知的財産の課題と対応~ちまたにあふれる誤解と混乱を解く~

    第3回(2024年4月5日):知的財産を活用した農業成長戦略~現場から経営戦略までを俯瞰する~

無料セミナー詳細

・日時:2024年4月23日(火) 15:30 ~17:30 (変更になりました)
・会場:オンライン開催(Zoom)(申込後「URL」をお送りいたします)
・講師:陣内秀樹(山口大学 知的財産センター 准教授)
・参加費:無料
・参加条件:特になし
・主催:GAP・ITサポート合同会社

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