【知的財産】第3回(3回連載) 知的財産を活用した農業成長戦略~現場から経営戦略までを俯瞰する~
GAPの取組みは、一言で説明できないほど多くの取組みが入っています。そこで、GAP・ITサポートでは2024年より各分野の専門家の方々とコラボして、コラム連載と無料セミナーを企画することにいたしました。第1回の企画は「知的財産」です。「GAPだけでは勝てない?!農産物の知的財産活用について~全国の事例を中心に~」と題して、山口大学准教授の陣内秀樹様に、3回の連載コラムと2024年3月に無料セミナーを企画しています。
執筆者・講師:陳内 秀樹
山口大学 知的財産センター 准教授
農業分野における知的財産活用と技術経営(MOT)の取り入れを促進し、イノベーション創出に繋げたいと考えています。
農業分野で活躍する起業家の方や、全国で知的財産教育に取り組む先生方との出会いが励みになっています。
【主な著書】
『農業高校等生徒向けGAPテキスト』(文科省委託事業、共著)
『農業高校等生徒向けHACCPテキスト』(文科省委託事業、共著)
『次世代の人たちに読んで欲しい 農業分野の知的財産保護・活用のためのテキスト』(公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会(JATAFF)、農水省補助事業、共著)など
はじめに
前回第2回は、農業分野に関わる知財で最も誤解されやすい育成者権の詳細についてQ&A式で解説しました。
最後となる今回は、「知的財産を活用した農業成長戦略~現場から経営戦略までを俯瞰する~」というかなり大上段に構えた題で風呂敷を広げていこうと思います。
1 知財は現場に隠れている
知的財産の学習はすでに農業高校においても一部で行われています。[1] そうした学校では、生徒が実際に知的財産を活用して商品化する事例も出ています。
ある農業高校生が農場でのインターンシップにおいて農場長から「夏の鉢物の生育が悪くなるのはなぜか?」と質問を受けました。「暑いから?」と答えると農場長は植木鉢を触ってみろと言います。鉢は日に当たる面は熱く(40℃超)、裏側の日陰の面は気温と同じ(30℃)程度であり、この温度差で植物の根が弱っていることに気づくことができました。知的財産を学んでいなければ「流石プロは違う」で終わったことでしょう。彼は、学校に戻り片側に日よけのある植木鉢台を試作しました。夏の高温を防ぐだけに留まらず、冬に180°回転させれば北風を防ぎ日陰部の保温も行える年中使える優れものです。これはその年、文科省等が主催するデザインパテントコンテストで入賞し、実際に意匠権を取得しました。
単純な構造で、電気等も必要としないため世界中で需要が期待できます。
この事例のように、農家の方が現場でのちょっとした工夫が新しい知的財産の創出につながることがあります。そういう意味でも農業現場は知的財産の宝庫です。
上図で示した「培養土の袋がそのまま栽培ポットになる」発明のように、身近な農業資材や農機具も日々改善され特許権や実用新案権が取得されています。
「実はこんな工夫を実践しているけど、これは何らかの知的財産にならないか?」ということがあれば、各都道府県に設置されているINPIT知財総合支援窓口に相談してみてください。[2] その特許技術そのもので利益が出るかの視点も大事ですが、それ以上に農家による特許権や意匠権等の取得は、農場の技術力や企業経営の力の証のひとつにもなることから農場のブランディングに繋がります。消費者イメージの向上や取引先の拡大、さらには補助金等の競争的資金獲得にも寄与するでしょう。
[1] 知財力開発校支援事業の報告書,(独)工業所有権・情報研修館https://www.inpit.go.jp/jinzai/educate/chizairyoku/report.html
[2] INPIT知財総合支援窓口 https://chizai-portal.inpit.go.jp/
2 商標活用によるブランディング
第1回で商標活用の例として「夕張メロン」「あまおう」を紹介しました。そうした産地や団体による商標取得の他、近年は、個人の農家でも商標取得の例が増えています。2021年5月、とある農場の投稿がSNS上で話題になりました[3]。
トマトの「尻腐れ果」を「闇落ちトマト」とネーミングし直売所で販売したら人気商品になったという投稿です(※下段のリンク先からアクセスください)。気になって同社出願の商標権を調べてみましたら流石でした(下表参照)。それ以外の複数の商標が登録されていたのです。 高糖度トマトは、花落ちあとに黄色の筋が放射状に出やすくなります(写真参照)。この特徴を捉えて、「金筋トマト」、「蜜星トマト」、さらには味が濃いと掛けた「恋玉トマト」の3つです。
その上でのまさに満を持しての「闇落ちとまと」!しかも、商標の区分も、31類(生鮮野菜や果実 等)だけでなく、32類(飲料、ビール)、29類(加工食品)まで幅広く押さえる徹底ぶりです。同社の商標戦略の長期的な取組が垣間見えます。
通常、「規格外品」である尻腐れ果は輸送に耐えられないため販売されることなく廃棄されます。これを直売所の対面販売のみの限定品とした上で「闇落ちトマト」と銘打ち、規格品の高糖度トマトよりも高い値付けがされています。[4]
ここでこのビジネスが成り立つのは、話題性もさることながら本質は同社の長年の信頼の蓄積によるものです。これまで金筋トマト等のブランド高糖度トマトを売り出してきた同社だからこそ、この値付けができると考えられます。
「商標は信頼を化体したもの」と言われます。キャッチーなネーミングももちろん大事ですが、本質的には商標を保護することで「そのブランドの信頼を蓄積する(ブランドイメージを築く)」ことが重要です。
[3] https://x.com/pasmal0220/status/1395945204876681216
[4] SOGAFARM HP https://sogafarm.jp/blogs/news/%E9%97%87%E8%90%BD%E3%81%A1%E3%81%A8%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
3 知財を活かした攻めの農業
これまで見てきた育成者権や特許権、商標権は独占排他権と言われます。その独占という言葉のイメージが先行し、自分たちの産地あるいは法人だけで栽培や利用するのが知的財産だと思いがちです。 最後のまとめとして一歩進んだ、海外へのライセンスという知財活用の事例を紹介して、我が国農業の発展のビジョンを共有したいと思います。
知財を活用しグローバル農業ビジネスを成功させたケースは未だ稀少ですが、「安代りんどう」の事例が示すモデルは、他の農産物に適用できる優れたものです。岩手県安代町(現八幡平市)では、りんどうの「育成者権と商標権(安代りんどう)と栽培技術(ノウハウ)」を、ニュージーランドやチリといった南半球の農家にライセンスし、EUに出荷するというグローバルなリレー出荷のビジネスモデルを作り上げました。EUでりんどうは、サムシングブルー(新婦が身に付けると幸せになれる)として一気に人気を博すことになります。さらには、このライセンス収入を元にさらなる品種改良を行い多くの品種を作り出し、より開花期を広げ周年出荷の体制が構築されつつあります。また、この事例の優れていることのもうひとつは、開花期の重なる北半球、特に日本と近い東アジアの国々にはライセンスをださず栽培させないことで、競合を回避している点です。
我が国の農業知財への考え方は、「海外への流出を防ごう」という文脈で語られることがほとんどです。「安代りんどう」の事例はこれと正反対に、「ちゃんと複数の知的財産権で保護した上で、適切にライセンスすれば、海外市場の創出やコントロールが可能」ということを示しています。
これまでの「安代りんどう」のあゆみを見てみましょう。安代町は、もともと稲作が行われてきた地域です。減反対策と高価格農産物生産による「出稼ぎなし」を目指してりんどう栽培が始まったのは1971年。当時から1本あたり1円ずつストックし、これを原資として品種改良を行ってきました。これが海外での品種の利用についてライセンス料を徴収するという考え方に繋がっていくことになります。1995年からニュージーランドの現地法人を代理店としてマスターラインセンス契約を行い、ここから海外の各農家にはサブライセンスを与えることにしました。特にねらいとしたのは南半球で安代と同緯度にあたるニュージーランドやチリです。
このように、日本人が苦手とする英語と契約を海外に委託したことがさらなる飛躍に繋がったと考えられます。さらに現在では、JICAの支援の下、ルワンダ在住の日本人実業家と協働し産地を広げようとしています。2023年現在では海外での「安代りんどう」生産はルワンダが中心になっており、ルワンダからEUへの輸出量は、約120万本/年(2021-2022シーズン)に上ります。
これまで農家の農閑期が、他産業への出稼ぎだったものが、「海外への技術指導に加え、ノウハウ等の知的財産がちゃんとライセンス契約通り守られているかの確認」のための海外出張という時代がそこに来ています。
育成者権や商標権は独占排他権です。この事例のように、「ライセンスを与える権利を独占している」のだと考え、世界中の産地と販路がパートナーにもライバルにもなるというビジョンを持ちたいものです。
この安代りんどうのモデルを、ご自身の産地に置き換えグローバルな農業ビジネスモデルの展望を描いてみませんか?
さくらんぼ、ぶどう、イチゴに置き換えたらどうなるでしょうか。海外ライセンスは、そのメリットに加え、当然、栽培ノウハウの海外流出防止も念頭に置く必要はあります。しかし工業技術ほど、農業のノウハウは簡単に真似できるものではありません。閉鎖系の工場に比べ開放系の農場では、同じ気象条件にならず、とてもワンシーズンでその勘所を伝えることなど出来ません。こっそり真似して違反して使うよりも、しっかりライセンスを受けた方がいい。そして「MADE BY JAPN(日本の技術によって作られたことを保証)」を表示して、正規品であることを謳った方が、海外産地にとってもメリットが大きいと感じられる程の強みが、我が国農業にはあると私は実感しています。
この後の、さらに踏み込んだ話は、ぜひ4月23日のセミナーでさせてください。皆さんのご参加をお待ちしております。
過去のコラム連載
第1回(2024年1月29日):農業分野の知的財産の基礎~関連法と事例~
第2回(2024年3月20日):農業分野の知的財産の課題と対応~ちまたにあふれる誤解と混乱を解く~
<今回> 第3回(2024年4月5日):知的財産を活用した農業成長戦略~現場から経営戦略までを俯瞰する~
無料セミナー詳細
・日時:2024年4月23日(火) 15:30 ~17:30
・会場:オンライン開催(Zoom)(申込後「URL」をお送りいたします)
・講師:陣内秀樹(山口大学 知的財産センター 准教授)
・参加費:無料
・参加条件:特になし
・主催:GAP・ITサポート合同会社
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